大判例

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仙台高等裁判所 昭和36年(ネ)36号 判決 1963年1月16日

控訴人(原告)

片平六弥

被控訴人(被告)

宮城県知事

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴人は「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し金六、二〇三、七三〇円およびこれに対する昭和三五年一月一日以降完済まで年三割の複利による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張並びに証拠の関係は控訴人において

一、控訴人が被控訴人にその支払を求める遅延損害金合計三、四三四、二五二円の元本である俸給諸手当の支給は金銭の貸借関係ではないから、その債務不履行による損害賠償の額については民法第四九条の金銭債務の特則によるべきではなく、同法第四一六条によるべきものである。そして控訴人が右俸給諸手当の支払がないため他より月五分というような高利の借金をして生活の資に充てざるを得なかつたことによる損害は特別の事情によるものであるところ、かような事情は当時被控訴人側においても当然予見し得たはずのものであるから、被控訴人は少くとも請求趣旨程度の損害を賠償すべきである。

二、控訴人従前主張の被控訴人県に所属する公務員らの共謀による不法行為の内容は次のようなものである。すなわち、本件解職処分は任免権者である耕野村教育委員会が行うべきものであるところ、宮城県教育委員会は右村教育委員会が控訴人の退職願撤回の申出を理由ありと認め、当時直ちにその退職取消の手続をとつていたのに、これを無視し、同年四月二〇日になつて同村教育委員会に対し解職処分が昭和二九年三月三一日付で発令されたものとして取扱うよう指示したため、同村教育委員会においてもこの指示に従つてやむなく本件解職処分を発令したものである。右県教育委員会のこのような強引なやり方は明らかに教育委員会法第五五条第二項に違反する不法行為であり、そして右不法行為の意思決定は同年四月一四日開催された地方教育委員会連絡協議会総会の席上において右県教育委員会伊具地方出張所長吉田捨三郎、同出張所教育課長加藤清右村教育委員会教育長今野常三、同教育委員会委員金沢猛雄ら同年三月末までの教員異動につき権限のない四名の者の謀議によつてほしいままになされたものである。

従つて右不法行為は右公務員らが退職願をいつまで撤回し得るかの点の法解釈を誤つたということよりも、むしろ右公務員らの故意による権限らん用に基くものである。

三、被控訴人主張の後記一の事実につき、控訴人従前の主張に反する点は否認する。同二の事実につき、控訴人退職の異動計画を変更することは困難であつたとの点は否認する。昭和二九年三月二六日当時被控訴人主張の教職員異動計画はまだ確定していなかつた。

と述べ、被控訴代理人において

一、宮城県教育委員会においては従来毎年度の学校教職員の異動の際には後進に道を開くよう相当年令者に協力を求める意味で、満五五才以上の職員に退職を勧奨して来たが、昭和二九年度の異動の際に右年令の該当者として耕野村教育委員会は控訴人に退職を勧奨したところ、控訴人はこれを承諾し、同年三月二〇日退職願を提出したので、右村教育委員会は同月二二日委員会を開いて控訴人の退職を承認した。しかるに控訴人は同月二六日右村教育委員会に対し右退職願の撤回を申出たので、同教育委員会は右撤回に対する県教育委員会の意見を求めたところ、県教育委員会としては、五五才以上の教員の退職勧奨は従来の方針であるし、控訴人の退職を前提として人事異動を考慮中でもあり、また法律的にも一度提出した退職願は一方的に撤回し得ないものと考えて、右撤回は認められない旨回答したので、村教育委員会は同年四月二〇日控訴人に同年三月三一日付解職の辞令を交付した。これに対し控訴人より同解職処分取消の訴が提起され、控訴人従前主張の経過で控訴人勝訴の判決の確定を見た。以上の経過に徴すれば、たととえ控訴人の右退職願の撒回が許されるべきであり、従つて本件解職処分が違法であるとしても、県教育委員会が退職願の撤回を認められないとしたことについて故意過失があつたとはいえないし、ましてかような点の行政法規を早急に解釈し正当な判断を下すことの容易でないことは前記解職処分取消訴訟において審理を尽した第一審が被控訴人側の見解を支持したことからも明らかであり、その点からも県教育委員会には過失がなかつたことが明白である。

二、のみならず昭和二八年度宮城県教育委員会伊具地方出張所管内においては、同九年三月二二日までに教職員の一切の異動的内容を決定し、同月二四日県教育委員会による給与審査の決定を受けて、同月二六日には異動計画の全部が確定完了し、同管内の耕野小学校の分とても同様で定員は前年の一〇名より九名に減少し、控訴人退職後の後任も決定を見ていたのであつて、これを変更することは異動計画の全体に影響し、きわめて困難であつた。

と述べ、

証拠として新たに、控訴人において甲第一二ないし第一九号証、第二〇号証の一ないし十、第二一号証の一ないし四、第二二号証の一ないし七、第二三号証の一ないし三、第二四号証の一ないし一二、第二五号証の一ないし五、第二六号証の一、二、第二七号証の一ないし五、第二八号証の一ないし三、第二九ないし第三三号証、第三四号証の一ないし七、三五ないし、第三七号証を提し、当番における控訴人本人尋問の結果を援用し、乙号各証の成立は知らないと述べ、被控訴代理人において乙第一号証の一ないし五、第二号証の一ないし三を提出し、当審証人加藤清、今野常三、三浦徹の右証言を援用し、右甲号各証中第二八号証の一ないし三の成立は知らないが、その余の成立はいずれも認めると述べ甲第四ないし第六号証を援用したほかすべて原判決の事実摘示と同じであるので、これを引用する。

理由

当裁判所も次の判断を付加するほかは、原判決と同様の理由によつて控訴人の本訴請求は失当であり、これを棄却すべきものと判断するので、原判決の理由記載をここに引用する。

一、控訴人は俸給諸手当の支給は金銭の貸借関係ではないから、その債務不履行による損害賠償の額については民法第四一九条の適用はないというけれども、同条は金銭を目的とする債務(金銭債務)のすべての場合にあてはまる特則であるから、公法上の金銭債務である俸給諸手当支払債務についても、特段の規定がない限り適用されるべきである。

二、控訴人は控訴人を本件解職処分に付したことは被控訴人県に所属する公務員らの権限らん用に基く共謀による不法行為であると主張し、右権限らん用の事実として、宮城県教育委員会は任免権者ではないのに、同教育委員会伊具地方出張所長吉田捨三郎外三名の謀議による意思決定に基いて、任免権者である耕野村教育委員会が控訴人の退職願撤回の申出を承認しているにもかかわらず、これを無視し、強引に右村教育委員会に指示して本件解職処分を行わしめたことを挙げるので、先ずその点を案ずるに、成立に争いのない甲第一、第三号証と当審証人加藤清の証言並びに原審における控訴人本人尋問の結果(一部)によれば、控訴人は昭和二九年三月二〇日頃同年度における宮城県教育委員会の教職員異動計画に従い、当時俸職中であつた前示耕野小学校講師の職を願いによつて退く旨の退職願を前示耕野村教育委員会宛に提出したが、同月二六日右異動計画に不公平な点があるとして右村教育委員会教育長森谷祐堂に対し口頭で右退職願撤回の申出をしたことが認められるけれども、右村教育委員会としてこの申出を承認ないし了承したことを認めるに足りる証拠はなにもない。もつとも甲第二号証にはその趣旨の記載があるが、その成立が認められないし、原審における控訴人の供述中には、右退職願撤回の申出をした当時の耕野小学校校長なり右村教育委員会教育長なりが退職をしないで引続き勤めてはどうかとの話をした旨の部分があり、また甲第二九ないし第三二号証の各記載によれば控訴人は前記退職願撤回の申出後引続き昭和二九年五月二二日まで耕野小学校に出勤し、あいかわらず勤務していたように見受けられるのであるが、当審証人今野常三の証言によれば、同年四月一日付で耕野小学校校長兼右村教育委員会教育長となつた今野常三において退職を肯んじないでいる控訴人の進退問題をできれば円満に解決したいものと控訴人の退職が確定するまで控訴人の事実上の勤務を好意的に大目に見ていたことが認められるから、控訴人の前記供述部分は控訴人の思い過しから出た供述のように解されるし、前記甲号各証の記載も今野校長兼教育長の石のような態度の結果そのようになつたものと認められ、いずれもこの点の証拠とはなし得ない。のみならず成立に争のない甲第三および第七号証の各記載も前出甲第二九号証および当審証人加藤清、今野常三の証言ならびに当審における控訴人の供述(一部)とあわせて検討するならば、これよりは前記県教育委員会が控訴人の主張するようにその強引な指示により前記村教育委員会をして本件解職処分を行わしめたようには看取されず、むしろ本件解職処分の発令直前に控訴人から前記退職願撤回の申出があつたので、右村教育委員会より県教育委員会に対しその取扱いにつき意見を求め(この場合宮城県下の教職員の異動計画をたて、また給与権限を有する県教育委員会に対し、意見を問うのが穏当であろう。)たところ、県教育委員会から村教育委員会に対し電話あるいは書面で右退職願撤回の申出は理由がないから、先の方針どおり控訴人は昭和二九年三月三一日付で退職になつたように扱うのがよろしいとの助言があつたので、村教育委員会において同年四月二〇日控訴人を先の決議どおり解職することを再確認し、本件解職処分を発令、その辞令を控訴人に交付しようとしたが、控訴人がその受取りを拒んで出校を続けたため、同年五月二三日頃に至り控訴人の出校を迎えて事実上も全く解職の取扱いにしたことが認められるから、本件解職処分の発令は右のような県教育委員の助言があつたにせよ、任免権者である村教育委員会によつて自主的に行われたものといえる。そうだとすれば、控訴人が権利らん用の事実として挙げる前記事実はこれを認めることができないから、該事実を前提とする控訴人の共謀による不法行為の主張は理由がない。

三、なお控訴人の共謀による不法行為の主張理由が本件解職処分をなすにつき耕野村教育委員会教育長今野常三ら公務員が、退職願の撤回はいつまで許されるかの行政法規の解釈を誤つたことにあるものと解して見ても、先きに引用した原判決のこの点の理由記載のほか、前出当審証人加藤清、今野常三の各証言に徴すれば、控訴人が昭和二九年三月二〇日提出した前示退職願は、当時宮城県教育委員会が立てた学校職員組織の充実強化についての四原則の一つである「五五才以上の老朽職員の勇退を勧告すること」に基く異動計画に従い、控訴人も一応納得のうえで出したものであること、これに基いて前記村教育委員会は翌二二日頃委員会を開いて控訴人の退職を決定したところ、同月二六日控訴人から同教育委員会に前示のように退職願撤回の申出があつたので、同教育委員会は同月二八日頃前記県教育委員会に対し電話でこの退職願撤回の申出の取扱いにつき意見を求めたほか、その後も再三相談打合せをしたこと、それに対し県教育委員会から村教育委員会に対し退職願撤回はできないという趣旨で前示のような助言があつたこと、この助言があつたことこの助言をするについて、県教育委員会ではその内部で協議をして見たが、退職願の撤回についてはこれを肯定する判例も前例もないし、これを許すことはせつかく立てた前示のような異動計画(控訴人の後任もすでにきまつていた)。をみだすことにもなり、また右撤回の理由の薄弱であるので一旦任免権者である付教育委員会が決定した控訴人の退職の撤回は軽々に許すべきではないとの考えのもとに助言をするに至つたことが認められるのであつて、かりに右退職願の撤回不許の見解が誤つており、本件解職処分が違法であるとしても、右のような一応納得の行く事情のもとになされたものである以上、この点でも該処分に関係した公務員らに過失ありということはできない。

よつて原判決は相当であつて、本件控訴はその理由がないから、民訴法第三八四条、第九五条、第八九条に従い、主文のとおり判決する。

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